その動画には
聴衆が口ずさんだ、わずかなメロディーを頼りに
ピアノの即興演奏をする
 
ジャズピアニストの上原ひろみさんが
映されていて
 
 
上原さんは数秒聴いただけのメロディーを
瞬間的に再構築させながら
どこまでも豊かな旋律を、奏で続けていました。
 
 

最近、祖母が亡くなって

 
1人棺越しに
祖母の遺体と、対面する機会がありました。
 

 
納棺師さんが施してくれた
生命力のある死化粧に
白いおくるみに包まれ、眠る祖母は赤子のようで
 
そのうち、おもむろに目を開け
「あんた」とか言いだすのではないかと
1人ドキドキしていました。
 
 
 
祖母は以前、自宅で豆腐屋を営んでいて
祖母が亡くなったあたりから
 
昔、祖母宅にあった銀色の水槽に
豆腐が沈んでいた光景を
思い出すようになりました。
 
 
他の記憶もあるのに
その記憶だけが浮かび上がるのは
 
水槽の水の、あまりの冷たさが
強烈だったからではないかと思います。
 

 
 

ひどい冷たさと、熱さ

 
すごく冷たい、もしくは熱いものに関する記憶は
普通の温度感の記憶より
もちろん強い印象を伴うのでしょう。
 
 
それは人のこころも同じで
私たちの身に衝撃な出来事が起きると

 
いずれかの極にこころは傾き
圧倒されていきます。
 
 
ひどい冷たさでこころが硬直し
自分の感情や、人間関係を断ち切ることで
ストレスを緩和させようとする方もいれば
 
激しい感情を爆発させ
自分や相手を燃やしつくしながら
状況を解消しようとする方もいるでしょう。
 
 
とは言っても、冷めたくなったこころの奥には
とんでもない熱さの感情が煮えたぎっていたり
 
燃えさかる感情の裏側には、全身がすくむような
冷たい感情が、へばりついている場合もあります。
 

 
ひどい冷たさや熱さは
私たち自身を、人間関係を覆いつくし
冷か熱かで麻痺させてしまうこともありますが
 
 
長期のカウンセリングで浮かび上がってくるのは
冷たさ、熱さを裏返した
まったく真逆の性質の感情だったりします。
 
 
そうして冷たさや、熱さの裏側にあった
何らかの思いを理解してはじめて
 
私たちのこころは、冷と熱の均衡をとるべく
動き始めますが、それまでは対人関係で
 

 
冷と熱の間にある、中間の世界の温度を
忘れていきやすくなります。
 
 

元々、人間関係は

 
力加減を間違えれば、即崩れる豆腐のように
難儀なものなのでしょう。
 

 
亡くなった祖母との間にも
銀色の水槽に沈む豆腐のように
 
ひどく冷たい水にさらされたまま
何も動かない時期もありました。
 
 
 
けれども祖母の棺の前に立ち
 
突然祖母の家にあった、銀色の水槽と豆腐なんて
よくわからない記憶を思い出したのをきっかけに
 
 
祖母との間には、冷たい記憶の奥にも
あたたかい時間がたくさん
流れていたことも思い出しました。
 

 
カウンセリングでも、時折
クライアントさんが亡くなった故人との思い出を
話してくれることがあります。
 
 
それはまるで、冷たい水の中に沈んでいた
豆腐の輪郭に指先で触れながら
柔らかなあたたかさを思い出し
 
静止していた思いに、ふたたび息を
与えようとしているようにも見えます。
 
 
 

 
 
私たちが冷たさ、熱さによって多くを忘れても
それらの温度の奥に隠れているものは
本質を忘れず
 
ずっとそこにあり続けるのでしょう。
 
 

ジャズピアニストの上原さんは

 
かすかに聴いた音を頼りに
その音の下で眠っているメロディーを引き上げ
 
陽の元で踊らせるような演奏をしていました。
 
 
 
小さな姪っ子が「お経、うるさーい」と
暴れまくったお葬式で、煙になった祖母も
 
上原さんのピアノのような陽の世界に
還っていったのだと思います。
 

 
きっと私たちは偏りやすい。
 
冷たさ、熱さの中に落ちていき
人と人とを結びつけていた
真ん中の温度を忘れやすい。
 
 
けれど銀色の水槽を浸していた
あまりの水の冷たさが
 
人との温もりを育んでいた
中間の温度を思い出すための
引き金に変わったりもする。
 
 
 
かすかな音の中に
豊かな旋律の世界が眠っているように
 
どんなに冷たい感情の奥にも
起こすべき、豊かな世界は眠っていて
 
 
私たちはひどく冷たい水の中にも
手を伸ばす必要があるのでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
わずかな音のヒントから即興演奏をはじめる
上原ひろみさん「マイ・ウェイ」