流されるのは、やめにする。自分の意思で、これからの道を歩みたいと願う方への、お話

流されるのは、やめにする。自分の意思で、これからの道を歩みたいと願う方への、お話

 

今の生活、何かが違うような気がして

もやし
ぼくもほんとは、
犬じゃないような気がして
ねぎ
あんたは犬だよ

 
こんにちは。Ricorissの、りこです。

みなさんは、自分の今いる場所に
していることに、喜びはありますか?
 

  • 今まで、自分の人生を他者に捧げるように
    頑張ってきたけど、それに対して
    最近、気持ちがスッキリしない
  • 今の環境は安全だけど
    精神的な喜びがあるかは、わからない…

等、感じている方もいるかもしれません。
 
 
完璧な場所や状況など、そもそもこの世界に
存在しないのかもしれませんが、今回は

「この生活は、何かが違う。何らかの変化を
起こす必要がある」と感じている方へ。

このまま、流され続けるのではなく
自らの意思で人生を歩みたい時の、お話です。
 
 
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とある 戦国時代の女性の物語

 
先日テレビで、織田信長の叔母にあたる
「おつやのかた」という、女城主の話を見ました。
 
 
「信長の叔母」といっても
信長と年齢がさほど変わらず
幼少時代を、共にすごした仲だそうです。
 

 
おつやの方は成人すると、小田家を守るべく
政略結婚で、2度嫁ぐことになるのですが

そのどちらもが
早すぎる夫の死によって、終わりを迎えます。
 
 
そうして信長に頼まれた、3度目の
政略結婚では、岐阜県の山頂にある
岩村城に嫁ぐこととなります。


 
自分の意志とは無関係に、他者によって
道を定められてきた、おつやの方。

ですが3回目の結婚の場、岩村城で彼女は
劇的な転機を、むかえることになります。
 
 

やってきた 劇的な転機

 
ある時、おつやの方の住む岩村城は
領土争いの末に、武田信玄側の武将
虎繁に、攻められてしまいます。
 

 
時を同じくして、不幸にも
城主である、彼女の夫が病死した為
おつやの方は「女城主」となり
戦いの指揮をとることを、余儀なくされます。
 
 
戦いは長引き、兵力は次第に弱まり
食糧難で死者が出始めた、絶体絶命の時。
突然、敵の武将の虎繁から
 
 
「民の命は救おう。
けれど代わりに、城を明け渡し

自分の妻になって欲しい」
 
 
と、おつやの方は歴史上、類をみない
「敵将からのプロポーズ」を
受けることとなります。
 
 

 
その時、おつやの方に
よぎった思いは何だったのでしょう。
 
 
「ここで、全員死ぬか。
最大の屈辱ではあるが、敵将の条件を飲むか」
 
 
そうして苦悶の末、彼女がくだした決断は
「その申し出を、受けること」でした。
 
 
それは今まで、将棋の駒のように動かされ
自らの意思など無関係に
人生を歩み続けてきた彼女が

はじめて、城の当主として
そして一個人として下した
人生を変える、大きな決断でした。
 
 

その後 待ち構えていた結末

 
伝記によると
おつやの方は、敵将・虎繁との間に
一男を授かり、夫妻の生活は意外にも
 
 
「悦」
 
「喜びであった」と記されています。
 

 
二人共に、美貌の持ち主だったそうで
お似合いの夫妻だったのかもしれません。
 
 
ですが結果的には、信長の叔母にも関わらず
「敵将に寝返った女城主」として
信長の逆鱗に触れ、岩村城は信長軍に攻められ

夫もおつやの方も、河川敷で磔にされ
処刑されたと、いわれています。
 
 

 
「守るべきものを、守るために」
 
 
人生でおそらく初めて、自らの意思を持ち
選択した道の先にあったものが、処刑だった。
 
 
それは、あまりも無情な結末ですが
おつやの方の話の最後に
彼女が、幼い息子に手渡した

「観音菩薩像」が登場します。
 
 

 
 
その観音像は

「この子だけは守る」と
 
おつやの方が、城から幼い息子を
避難させる際に、手渡したもので

彼女の息子は、この観音像と共に
無事、戦火を生き延びたそうです。
 
 
今もなお、岐阜県に現存する
その観音菩薩像を見た時、思ったのは
 
 
彼女が「敵将の妻になる」という
決断を下さなければ

やがては、信長の援軍が加勢に来て
民もおつやの方も助かり
生き長らえたのかもしれない、ということ。
 
 
けれどその場合
自らの子を授かることもなければ
伝記に「悦」と記されるような
生活を送れたかはわからず
 
 
彼女にとって、何が一番幸せであったかは
結局、誰にもわからないのだ、と思いました。
 
 

 
当時、個人の人生は
社会の流れに翻弄されるばかりで
「自分の意思を生きる」ことなど
命がけだったのかもしれません。
 
 
おつやの方は、自らの意思によって
「悦」と記される生活を手にいれますが
その代償として、命は散ることとなります。
 
 
けれど、戦国の動乱の中
自らの意思を、命がけで生きようとした
一人の女性の思いが

息子と共に生き続けた観音菩薩像の中に
凛と、宿っていた気がしました。
 
 
 

オーラソーマにも 観音菩薩に関するボトルがあります

 
60番ボトル「老子と観音」です。
 
 

 
今まで敷かれたレールを外れ
自らの意思を生きる、というのはやはり
並大抵のことでは、ないのかもしれません。
 
 
オーラソーマ、60番のボトルの下層の
「クリアー」には、自らの道を歩むのに伴う

「涙や、苦しみ」を連想することができます。
 
 

 
けれどこのボトルの上層には
 
 
「それでもあなたが
真に歩むべき道を、歩んでいけるように」と
 
 
「天上の世界、意識」に関連した
ご加護のような「ブルー」があります。
 
 
観音菩薩の名前には
「世界の叫びに、耳を澄ますもの」
という意味があります。

これから、今まで居続けた道や
誰かによって、定められた道の上を
歩き続けるのではなく
 
「自らの意思で、道を切り開きたい」
と感じている方に。
 
 
その道中、直面するかもしれない困難に。
けれど、そこでしか手に入れることができない
 
「悦び」に辿り着けるよう
 
 
観音菩薩のブルー
大きな加護があることを、願ってやみません。
 
 

 

最後に オーラソーマ


 
「これから、どうするべきか。
その為に、何を見つめる必要があるのか」

オーラソーマは、深い自己内省の機会を与える
英国式のカラーセラピーです。
 
 
110本以上あるボトルから、4本を選び
選ばれたボトルには
今見つめる必要のある、こころの声や
本心など、内面の世界観が表されています。
 
 
人生の転機にいる方は
こころの深くに潜む、意識を掘り起こしながら
自分と生き方を見つめ直す、オーラソーマをどうぞ 

 
 

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