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自分の意思でこれからの道を歩みたいと願う方へ。オーラソーマ60番のメッセージ

自分の意思でこれからの道を歩みたいと願う方へ。オーラソーマ60番のメッセージ

今の生活、何かが違うような気がして…

もやし
ぼくもほんとは
犬じゃないような気がして…
ねぎ
あんたは犬だよ

こんにちは。Ricorissの、りこです。

みなさんは自分の今いる場所に、していることに
喜びはありますか?

  • 今まで、自分の人生を他者に捧げるように
    頑張ってきたけど、それに対して
    最近は気持ちがスッキリしない…
  • 今の環境は安全ではあったけど
    精神的な喜びがあるかどうかは、わからない…

「完璧な場所や、状況」は存在しないのかもしれませんが

最近、自分がいる場所や、していることに対して
「何かが違う」気がして、何らかの変化を
起こす必要があるのでは、と感じている方へ。

メッセージをご紹介します。

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とある 戦国時代の女性の物語

先日テレビで、織田信長の叔母にあたる
「おつやのかた」という、女城主の話を見ました。

「信長の叔母」といっても、信長とは年齢がさほど変わらず
幼少時代を共にすごした仲だそうです。

おつやの方は、成人すると小田家を守るべく
政略結婚で、2回嫁ぐことになるのですが

そのどちらもが、早すぎる夫の死によって終わりを迎えます。

信長に頼まれた、3度目の政略結婚では
岐阜県の山頂にある、岩村城に嫁ぐことになります。

3回の政略結婚。自分の意志とは全く無関係に
道を定められてきた、おつやの方ですが

3度目の結婚、岩村城で彼女は
劇的な人生の転機をむかえることになります。

大きな転機

ある時、おつやの方の住む岩村城は、領土争いの末に
武田信玄側の武将・虎繁に攻められてしまいます。

時を同じくして、不幸にも城主である彼女の夫が病死した為
おつやの方は「女城主」となり
戦いの指揮をとることを余儀なくされます。

戦いは長引き、兵力は次第に弱まり
食糧難によって、死者が出始めた、絶体絶命の時。
突然、敵の武将・虎繁から

「民の命は救う。
けれど代わりに城を明け渡し、自分の妻になって欲しい」

と、歴史上類をみない
「敵将からのプロポーズ」を受けることとなります。

おつやの方のこころに、よぎった思いは何だったのでしょう。

「ここで全員死ぬか
最大の屈辱ではあるが、敵将の条件を飲むか」

彼女がくだした決断は

「その申し出を、受けること」でした。

それは今まで、将棋の駒のように動かされ
自分の意思など無関係に、人生を歩み続けてきた彼女が

はじめて城の当主として、そして「一個人」としてくだした
人生を変える、大きな決断でした。

その後、待ち構えていた結末

伝記によると、おつやの方は、敵将・虎繁との間に
一男を授かり、夫妻の生活は意外にも

「悦」、「喜びであった」と記されています。

二人共に美貌の持ち主だったそうで
お似合いの夫妻だったのかもしれません。

ですが結果的には、信長の叔母にも関わらず
「敵将に寝返った女城主」として、信長の逆鱗に触れ

岩村城は信長軍に攻められ、夫もおつやの方も

河川敷で磔にされ、処刑されたといわれています。

「守るべきものを、守るために」

人生でおそらく初めて、強い意思をもって
選択した道の先にあったものが、処刑だった。

あまりも無情な気がしますが、おつやの方の話の最後に
彼女が幼い息子に手渡した「観音菩薩像」が登場します。

その観音像は「この子だけは守る」と、おつやの方が
幼い息子を、城から避難させる際に手渡したもので

息子はこの観音像と共に、戦火を生き延びたそうです。

今もなお、岐阜県に現存する、その観音菩薩像を見た時

彼女が「敵将の妻になる」という決断を下さなければ
やがては信長の援軍が加勢に来て、
民も彼女自身も助かり、生き長らえたのかもしれませんが

その場合、自らの子を授かることもなければ
「悦」と記されるような、家族生活を送れたかはわからず

結局彼女にとって、何が一番幸せであったかは
誰にもわからないのだ、と思いました。

当時、個人の人生は、社会の流れに翻弄されるばかりで
「自分の意思を生きる」ことなど
ほとんど、命がけの行為だったのかもしれません。

おつやの方は、自らの意思によって
「悦」と記される生活を手にいれますが
その代償として、命は散ることとなります。

けれど戦国の動乱の中で
自らの意思を生きようとした、一人の女性の思いが

その息子と共に生き続けた
観音菩薩像の中に、凛と宿っていた気がしました。

オーラソーマにも、観音菩薩に関係するボトルがあります

60番ボトル「老子と観音」です。

社会によって敷かれてしまったレールを外れて
自らの意思を生きることは、並大抵のことではありません。

霧の中を歩くように、不明瞭で、不安定な道を
何かに試されるように進む。

時折、ひどく打ちのめされても
自分にしか見い出せない「悦び」を
その道の中に、見いだしていくこと。

それが「自分の意思を生きること」なのかもしれません。

オーラソーマ、60番のボトルの下層のクリアーには
自らの道を歩むことに伴う
「涙や、苦しみ」を連想することができます。

けれどこのボトルの上層には
「それでもあなたが、真に歩むべき道を歩めるように」と

「天上の世界」に関連した、ご加護のようなブルーがあります。

観音菩薩の名前には
「世界の叫びに、耳を澄ますもの」という意味があります。

これから、今まで居続けた線上を歩き続けるのではなく

自らの意思で、道を切り開いていきたい
と感じている方に。

その道中、直面するかもしれない困難に

けれど、そこでしか手に入れることができない
「悦び」に辿り着けるよう

観音菩薩のブルー
大きな加護があることを、願ってやみません。

最後に オーラソーマ

今の自分自身を、こころの底まで見つめることで
これからの道に繋げていく。

オーラソーマは、深い自己内省の機会を与える
英国式のカラーセラピーです。

こころの深くに潜む、意識を掘り起こしながら
自分と生き方を見つめ直す、オーラソーマをどうぞ 

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